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今回は「平成の大合併」を振り返り、岩槻を考えてみたいと思います。
2005(平成17)年に、旧・岩槻市がさいたま市へ編入合併をしたことにより、現在のさいたま市岩槻区が誕生しました。
では、なぜ編入合併をしたのでしょうか。
当時、小泉政権下の「三位一体の改革」によって、市町村合併が進んだという要因もありますが、合併後に誕生する新市の将来の姿を示すまちづくりの基本的な方針「新市建設計画」から考えてみたいと思います。
新市建設計画によると、3つの理由が挙げられていました。
①多様となる地域資源を活用した、ヒト・モノ・情報の集まる活力ある都市の形成
②共通する課題に対する取り組みの強化
③大都市としての特性の活用と魅力の向上
しかし、これら3つの項目は、編入合併をしないとできなかったことなのでしょうか。
それぞれの項目を検討してもよいですが、長くなってしまうため今回は割愛します。
ただ、もしかしたら、編入合併しない道を選択していても目指すことができたのではないかと私は考えています。
特に、②は地下鉄延伸について言及されている項目になります。
ただ、さいたま市という政令指定都市に編入合併をすることで、市役所や議会での合意形成や優先順位付けが難しくなり、むしろ取り組みが弱化されたと私は感じています。
旧・岩槻市であれば、どんな事項よりも最優先に考えて、実現までの手立てを打っていたと思っています。
こうした必死さを、今のさいたま市や市長が持っているのかは疑問ですが、5月におこなわれる市長選挙で岩槻の悲願を訴えていくことがまずは大切なのではないかと考えています。
【さいたま市若者会議 代表・尾舘祐平】
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