「岩槻の鎌倉」巡り

遍照院
遍照院

「岩槻の鎌倉」巡り
佐藤里枝

岩槻区黒谷地区は、綾瀬川と元荒川に挟まれた台地である。
「ここは『岩槻の鎌倉』と呼ばれるほど寺が多いんです」かつて古老に聞いた話を思い出し、巡ってみたくなった。
開校140余年を迎えた和土小学校の北にある妙円寺、大きなケヤキの若葉が風にそよいでいた。
ここには『ショウヅカ婆さん(三途の川の向こう岸にいて、河を渡って来た亡者の着物をはぎ取ると言われている)』の木像があると言う。
ここでは、咳や流行り風邪などにご利益があるというやさしいお婆さんになっている。
妙円寺から北西に進む。道沿いの住宅の庭には、ツツジやシャクナゲ、ライラックなどの花が見られた。
普慶院への道は急な坂を下っていく。
広い境内は高い木立に囲まれていた。
山門や鐘楼のある堂々としたお寺である。
光善院は和土小の東側にある。
本堂の前の大木の葉桜がすがすがしい。
ここはかつて隣にある黒谷久伊豆神社と同じ敷地内にあったと神社の縁起に記されていた。
神社前の小道を南に進み遍照院を目差す。
竹やぶの中から野生のフジの花が混じっている。
遍照院の門に、「遍照院の地蔵図像板碑」の案内板が掛かっていた。
「板碑に刻まれた地蔵菩薩の尊容は美術的に優れていて、市の誇る文化遺産と言える」と書かれ、岩槻教育委員会とあった。
以前は墓地に安置されていたが今は郷土資料館に移されている。
少し離れた県道近くにある薬師堂、ここも高い木立が背景にあり静かだった。
入口で宝永年間(江戸中期)と刻まれたお地蔵さまが迎えてくれた。
この付近にはモッコをかついで土木工事をした大男のダイダラボッチの伝説が伝わり、大きな足跡に水が溜まってできた100平方メートルほどの池が薬師堂下にあったそうだ。
和土小を起点として徒歩で1時間ほど、5つの寺を巡ってみた。
改めて長い歴史を持った、落ち着いた所だと感じた。

妙円寺
地図

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

インフォメーション

  1. 2024-7-13

    睡眠不足がもたらす健康リスクとは?⑥

    睡眠改善のためのヒントとアドバイス  ストレス管理と睡眠の関係 ・ストレスがたまると、睡眠不足の…
  2. 2024-7-13

    支援団体に  自動車税一千万が課税

    [caption id="attachment_22457" align="alignleft" w…
  3. 2024-7-13

    伝えて槻丸 №12 第84回 たかみや えみこ

    【中古】 秘伝4コママンガの描き方 今日からキミもプロ作家!! / ドラクエ…

『らうんじ』からの募集・告知

  1. 唐朝(とうちょう) 唐の朝廷。 唐の時代 名君(めいくん) 国家を 統制することに すぐ…
  2. [caption id="attachment_22317" align="alignright" …
  3. [caption id="attachment_22308" align="alignright" …
  4. 地域の疑問やあなたのアイデアを聞かせて下さい。 独自の文化や観光の魅力をたくさん持っている岩槻です…
  5. だれでもできる簡単なおもちゃづくり(材料費等無料) 【日時】①7月20日(土)②7月27日(土)③…
無料イラスト素材【イラストAC】

岩槻について

  1. 2024年6月末、会社の行事で沖縄県に訪問した際、名前とメッセージを即興で書いてくれる書道家のAさん…
  2. ――その後現場から離れて経営側から関わるようになったと思うのですがショーの世界でやっていてよかったで…
  3.  学童で働いていた私が子供との関わりを綴る日々の記録です。 学童は第二の家庭と言われますが、何十人…
  4. 「夢」 それは希望 努力の彼方 暗い場所から見た光 逆境に対する意志 新しい出会い &n…

アーカイブ

過去記事

イベント終了などで移動になった記事はこちらから

移動済み情報記事一覧へ

 

ページ上部へ戻る