岩槻に敷設が決まる① 武州鉄道顕彰会(飯山)

大正時代から昭和初期にかけて、蓮田から岩槻・大門(さいたま市)を通り神根(川口市)まで走っていた「武州鉄道」の名前を聞いたことがありますか。
江戸時代の岩槻は、城下町として地域の政治ゃ文化・経済の中心地でしたが、明治時代になり中山道や日光街道沿いに鉄道が敷設されると、大宮と春日部の間に位置する岩槻は時代の流れに取り残されはじめました。
当時の岩槻の人々は、経済的発展のため鉄道敷設を考えるようになりました。
このような状況の中で、川口町を起点に鳩ヶ谷町(川口市)、安行村(川口市)、を経て春岡村(さいたま市)に至る鉄道敷設を計画していた中央軽便電気鉄道株式会社と交渉し、終点駅を春岡村から岩槻町に変更することに成功し、明治44年(1911年)10月28日に社名を「中央鉄道株式会社」と改めました。
社名の変更にともない、岩槻・騎西・羽生間、騎西・忍間の路線延長を国に申請しています。
当時の新聞には、「沿道の利益多なるを以て一日も早く敷設を了し」と書かれ、沿線地域の人々の期待が大きいことがわかります。
このとき、岩槻町は、駅を現在の太田小学校・岩槻中学校付近に決定し、土地所有者の協力をいただき、鉄道敷設に一丸となってまい進したと伝えられています。
路線が拡大したため、川口町から岩槻町に至る区間を第一期線と決め、大正2年4月28日に工事が始まりました。
その後、中央鉄道会社は、大正8年(1919年)8月4日武州鉄道株式会社に、社名を変更しています。

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